オタクをはなさないで

オタクの恋愛観や、オタクコンテンツについて書くブログ

「アリスとテレスのまぼろし工場」初見感想 超弩級の怪作、映画館で観るべき

アリスとテレスのまぼろし工場、みてきました。

 


www.youtube.com

 

考察は別記事にするとして、初回で見た素直な感想をここに記録したいと思います。

以下どんどんネタバレ書いてありますので、未視聴の方はまず是非本作を見に行ってください。

 

 

 

岡田監督の田舎嫌いが炸裂

まず、最初にこれを触れないわけにはいかないでしょう。

 

岡田麿里監督は自伝でも描かれており、またこれまでの作品でも描写されているように田舎(というか地元の秩父)に対する愛憎の感情を作品に表現することが多々あるのですが、そういった特徴が炸裂してて大変面白かったです。

製鉄場で素材を切り出している山については、秩父武甲山をモチーフにしていることが見え見えです。(武甲山は鉄ではなく石灰ですが)

 

www.yamakei-online.com

 

そもそもこの作品の舞台としている田舎についても、同調圧力や閉塞感、非合理な人間に支配されるコミュニティ、片田舎で燻る若者の感情、田舎に対する悪いイメージのオンパレードを感じる演出でした。

見伏はまぼろしに生きる人たちを閉じ込める檻でもあり、また現実世界の正宗達を、失った娘のまぼろしを追いかけて狭い世界に閉じ込める場所として、全方向から閉塞感を表現しています。

神機狼についても、そういった田舎のシステムを崩さないように、目には見えない力学が動いて現状を維持するといったような、そういった現象を視覚的に見せているようにもみえ、どれだけ田舎を悪く表現すれば気が済むんだと苦笑を通り越しそうな演出には、どこか懐かしさすら感じる部分があります。

 

「あの花」の頃からこういった感情は隠せていなかったのですが、「空の青さを知る人よ」では大分この感情を隠して、決して正面からではないですが田舎のノスタルジーな良い面も書き出そうとしていた印象を持っていたのですが、今作では岡田麿里が炸裂しているようでこういった田舎演出は痛快でした。

 

今作もさまざまな好きの形を表現

今作は「恋」をメインの感情として捉えていますが、その恋についてもさまざまなレイヤーで語られます。

園部さんのような、コミュニティの中で影に生きるような人の祈りのような恋、陽菜のような生命力あふれる若々しい恋、時宗さんと正宗の母のような、大人の責任を感じてのそれでも抑えられないような恋、正宗と睦実のような正面からぶつかれ無いどこか不器用な恋、五実のような純粋な気持ちを表現する恋。

どの恋の形も、岡田麿里らしいどこか生々しさを伴いながら、そのほぼ全てが肯定的に描かれているのが、とても気持ちの良い試聴後感(?)をもたらしてくれるのが良かったです。

 

その中でも、恋ではなく愛と感じる関係性が 2 つだけありました。

 

一つは正宗の母からの正宗に対する愛です。

正宗の母はおそらく時宗さんの好意をずっと知っていながら、世界が終わる最後まで良い母親でいようとする、まぼろし世界の終盤ではかなり特異な人物でした。これは一重に母の愛だと思いますし、その他の「恋」が生々しい一方で、岡田麿里の母という存在に対するイデアを感じさせる存在になりました。

 

もう一つは、睦実からの五実に対する愛です。

睦実はあえて五美に対して冷たい対応をとって育てていましたが、劇中の様子を見るにかなり早い段階で現実から来た子供であり、そして自分の娘であることを知っていたのではないでしょうか。もしくは劇中でも本人が語るように、本能的に何かを感じていたのかもしれません。

そういった中で、関係性を深めることをあえて拒否したところについて、もちろん正宗に対する恋心へのあべこべでやっていたり、何らかの反抗心からという点もあるのだと思いますが「五実をまぼろしに取り込んではいけない」という気持ちがどこかにあったのではないでしょうか。

また、ラストのシーンで列車から現実に返す際も、彼女は五実に対して優しく、五実の将来を心から祝福するような言葉をかけ、その上で五実のまぼろし世界への未練を断ち切る意味も込めて、「正宗の心は私がもらう」と語りかけているのではないでしょうか。

睦実と五実の関係は、母でもなく、また恋敵というには五実が幼すぎる、非常に語るのが難しい関係で、そういった中でも未来へ飛び立てる者への愛として表現されていたと感じます。

 

子供になる大人、大人になる子供

今作では前半と後半で子供達と大人達の振る舞いが大きく異なっている点が非常に面白いです。

 

前半では、大人達は田舎というシステムを維持するために自分たちの欲を抑えながら淡々と生きていく人物として描かれていました。一方、子供達は自分たちのフラストレーションを一時的な快楽のままに発散し、その結果まぼろし世界を崩壊に導きかねない活力あふれる無責任な存在として描かれていました。

 

しかし、終盤にかけて五実を現実に返そうという段階になって、大人達(というか時宗さん)は自分たちの世界の終焉を受け入れるムードから、少しでも長くまぼろし世界を維持しようとする活動に一変します。そんな中で、正宗達は五実を現実の世界に返そうと奔走します。

五実は、未来のないまぼろし世界にとっては唯一現実で未来を紡ぐことのできる存在であり、現実で言うのであれば「子供」に相当するのではないかと思います。そういった存在を送り出そうと奔走する子供達と、私利私欲でまぼろしを維持しようとする大人達の対比に唸る、そんな演出でした。

 

また、まぼろしに縋る大人たちに対して、まぼろしの世界での五実への仕打ちに対してケジメをつけようとするのも子供たちで、自分の気持ちをはっきりと相手に伝えられるのも子供達でした。この辺り、すごく成長を感じれる要素でしたし、良い対比になっていたと感じます。

 

人間讃歌、閉塞感を恋でぶち壊せ!

告白というのは、現代社会ではそれこそ自分のいるコミュニティを壊してしまったり、あるいは自分という存在を壊してしまうぐらいのリスクがある行為かもしれません。実際に多くの人々は告白による挫折を味わうと思いますし、そういった犠牲のモチーフとして園部さんが描かれていたのかもしれません。これは公開記念舞台挨拶情報ですが、制作スタッフの中でも園部さんはキャラクターとして多くの人から共感を得ているようでした。

実際に、まぼろし世界では心の安寧が崩れることで世界ごと崩壊してしまうような描写が多数されています。しかし、絶望ではない肯定的な心の変化についてはそうではなかったのではないかと思います。

 

本作の素晴らしいと感じるところは、どんな人間のどんな恋心も肯定的に書くところです。大人が自分の隠していた気持ちを抑えられずに世界を維持しようとするのも、陽菜が世界を終わらせたくないと思うのも、五美が未来を捨ててでも好きな相手と居たいと言うのも、どれも非常に肯定的です。周りに迷惑をかけてでも、自分の気持ちに素直に、一生懸命に生きていいのです。

自分達に未来はないということが確定した中でも、精一杯生きる、変わらない世界の中で唯一人間の強い衝動が世界を変えることができる、そして未来へ希望を送り出すことができるというのは、岡田麿里監督なりの強い強い人間讃歌のメッセージとして受け取ることができました。

それを映像や音楽、お芝居に物語と、絶妙なミックス具合で映画として仕上げてくれて、本当にありがとうございます。

 

 

「一皮剥けた」感がある、超弩級の怪作

とはいえ、今作は怪作であると思います。

世界観は SF を見慣れていない人間には理解が難しいと思いますし、さまざまな描写には監督の持ち味である生々しさがあります。そして登場人物の行動の難解さは、一般大衆向けとは思えません。

キャッチーさを得るためなのか、いくつか不自然な点もありました。佐上衛はイカれた空っぽ人間すぎて、道具として道化すぎましたし、キスシーンについては監督もやりたかったシーンとおっしゃっていましたが、それならもっともっとやっちゃえよ!!!というところでした。思い切りが足らない。スポンサーに止められたのだろうか。とはいえ現状でも気まずさを感じる人も多発しているようです。

 

一方で、その力強いメッセージ性と、これまでの監督作品では味わえない後半の疾走感とエンタメ感は「空の青さを知る人よ」で頭角を見せていたものの、完全に一皮剥けて、新しいステージへ到達した感覚を覚えます。

これまでの監督は「青春もの」だったかもしれませんが、今作品は人間の生のエネルギーが「恋」という布からじんわり漏れてきたと思ったら、後半でこれでもかというぐらい爆発してくるという点で、富野監督の近年の作品のような、両手では受け取りきれないぐらいのエネルギッシュさを感じる作品でした。

 

初めての視聴を終えて、前半のねっとりした閉塞感、生々しい人間性、それらを全て肯定する推進力、この一筋では表現できない独特の試聴後の爽快感を持って、自分は強い賛辞の意味を込めて「怪作」と言いたいと思います。

前作「さよ朝」とは全然違う、岡田麿里らしいのですが何かが違う、そんな作品でした。

 

言わずもがなですが、テーマソングは本作の脚本を読んだ後に書き下ろされているというだけあって、歌詞が本編とリンクしまくっていて、この曲だけ聞くと本編がありありと思い出される、そして本作の生きることへの活力が中島みゆきの力強い声で訴えかけられる、本作にぴったりの曲でしたね。最高です。

 


www.youtube.com

 

「さよ朝」の大ファンである自分は、実は岡田麿里の初期のアニメ作品が苦手です。

今作はそんな初期の岡田麿里を彷彿とさせるモチーフが予告編の時点から多数感じられており、実は自分は今作そんなに好きになれなんじゃないかと思っていましたが、完全に予想を裏切られて大変楽しめました。

 

また数回は見に行きたいと思います。

本も読んだ上で、考察については後日ゆっくり書きたいと思います。

 

全国の劇場で上映中、応援してます。

 

maboroshi.movie

 

 

dontleave.hatenablog.jp